説経節と車人形2006/01/22 17:49

八王子車人形
 21日土曜日「成増アクトホール」で説経浄瑠璃鑑賞会が開かれた。今回は「説経節と八王子車人形の共演」でした。
 八王子車人形を最初に見たのは労音の公演だったと思う、今から40年くらい前の話である。友人の話では八王子にもう一座車人形座があったが、説経の太夫がなくなり、消滅したとのことだった。
 説経節は八王子を本拠地にした、薩摩派の薩摩若太夫を頭にした一座がある(現在の太夫は小若太夫で将来若太夫を襲名予定)。私が撮影している若松派の若松若太夫師は現在で三代目で、元は薩摩派から独立した。本によれば、会津若松地方を興行していたとき、薩摩では客が入らず、若松にしたという話がある。
 初代若松若太夫は美声で柔道の嘉納治五郎がスポンサーになり、説経節を広めたそうで、説経節は浪曲の元になっているとも言われている。
 話を戻して車人形の地は説経節だったらしい。奥多摩町奥多摩湖畔に伝承されている、川野の車人形は説経節で現在も川野の生活館で3月5日の午後1時頃から演じられている。
 現在の八王子車人形は専属の地語りはおかず、浄瑠璃、説経浄瑠璃、新内、浪曲等何でも上演できるよう励んでいるそうで、講談、落語等とも共演している、白眉はフラメンコを踊ることだろう、乙女文楽式に使い手の頭と人形の頭を紐でむすび頭を操作する。見事な業である。
 写真は「日高川町入相花王」です。

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