新年撮り初めはヒマラヤ桜 ― 2006/01/04 01:06
3日に今年の撮り始めで、東京都品川区戸越公園ののヒマラヤ桜を撮影してきた。 ヒマラヤ桜はもともとはヒマラヤ山脈の比較的温暖な地域に分布している桜で、日本では11月下旬から12月にかけて咲く。今年は開花が遅れていて例年より半月から1ヶ月遅いようだ。 日本に紹介されたのは、昭和43年にネパールのビレンドラ皇太子(故前国王)から日本とネパールの友好のため贈られた種子を育成したもので熱海に植えられたのが初めのようだ。 ヒマラヤ桜は寒桜の一種です。 ヒマラヤ桜を撮影していたらメジロが6羽くらい飛んできてヒマラヤ桜の花にくちばしを入れて蜜を吸い出した。梅に鶯はよくある話だが、桜にメジロは初めての経験だった。 ヒマラヤ桜は最近、環境浄化の面からも注目されており、大気中の二酸化窒素(NO2)を吸収同化する能力がソメイヨシノの約5倍あるといわれている。「桜きるバカ梅切らぬバカ」ということわざがあるが、ヒマラヤ桜は虫の害に強く、剪定にも強いので樹形を整えられる。最近では苗木が1本4000円位(インターネット調べ)で売られている。 東京近郊の町で、ヒマラヤ桜を街路樹にした町も出始めた。なをヒマラヤ桜はここの他に東大本郷キャンパスに2本あり、熱海に7本くらいあるらしい。
ヒマラヤ桜満開 ― 2006/01/11 11:45
品川区の戸越公園に足を運んでいるが時間帯と天気が悪く青空で桜の写真がとれない、1月3日に初撮りをしたあと8日にも図書館に行くついでに撮影に立ち寄った。 今咲いている桜は、ヒマラヤ桜と子福桜とフユザクラだが、インターネットで調べたところ静岡県伊豆の土肥で「土肥さくら」という桜が咲き出した記事を見つけた。 土肥町のHPには『土肥桜のルーツは八木沢小池地区の山林にあり、。その桜を当時の土肥町内に広めたのが八木沢の故佐藤萬夫先生(医師)で医院に桜を活けていたところ(昭和33年頃)、現北海道大学出身の故小川義雄氏がこの早咲きの桜にひと目惚れし、「珍しい桜なので是非、接木をして増やしたい」と佐藤先生に申し出ました』その秋に接ぎ木をして殖やしていったのが、土肥桜がひろまった、はじまりらしい。 土肥桜の特徴は樹形は傘状で、樹高は5mから8m、花は柄が長く下に垂れ下がったように咲き、一枝に6、7個の花が咲きます。 河津桜によく似ていますが、何といっても開花が非常に早く、開花期が2ヶ月と大変長いのが大きな特徴です。また、土肥桜には紅色(濃いピンク色)と薄い紅色がかった白の2種類があるそうです。(以上土肥町HPより引用) 2月頃までには撮影にゆきたいものだ。
説経節と車人形 ― 2006/01/22 17:49
八王子車人形を最初に見たのは労音の公演だったと思う、今から40年くらい前の話である。友人の話では八王子にもう一座車人形座があったが、説経の太夫がなくなり、消滅したとのことだった。
説経節は八王子を本拠地にした、薩摩派の薩摩若太夫を頭にした一座がある(現在の太夫は小若太夫で将来若太夫を襲名予定)。私が撮影している若松派の若松若太夫師は現在で三代目で、元は薩摩派から独立した。本によれば、会津若松地方を興行していたとき、薩摩では客が入らず、若松にしたという話がある。
初代若松若太夫は美声で柔道の嘉納治五郎がスポンサーになり、説経節を広めたそうで、説経節は浪曲の元になっているとも言われている。
話を戻して車人形の地は説経節だったらしい。奥多摩町奥多摩湖畔に伝承されている、川野の車人形は説経節で現在も川野の生活館で3月5日の午後1時頃から演じられている。
現在の八王子車人形は専属の地語りはおかず、浄瑠璃、説経浄瑠璃、新内、浪曲等何でも上演できるよう励んでいるそうで、講談、落語等とも共演している、白眉はフラメンコを踊ることだろう、乙女文楽式に使い手の頭と人形の頭を紐でむすび頭を操作する。見事な業である。
写真は「日高川町入相花王」です。
近所の冬桜 ― 2006/01/31 13:54
美しが丘はたまプラーザ駅近くの住宅街で横浜市内で路線価の一番高い地域にランクされる住宅地です。
フユザクラは春と晩秋から初冬にかけて2回咲くので「フユザクラ」「フダンザクラ」などとも呼ばれる。「マメザクラ」と「ヤマザクラ」の雑種で「コバザクラ」と同じものと考える。果実を付ける。四季咲性遺伝子をもつ桜です。
2月1日は黒川能王祇祭が行われる、今日の夜行バスでみにゆきます。
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